春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

身体障害者として触れられること。


他人の握ったおにぎりを食べることに〈抵抗があるか〉と聞くと、「ややある」「非常にある」が25%で、実に4人に1人。女性だけで見れば、30.6%が抵抗を感じているという結果が出た。

〈誰の握ったおにぎりを食べたくないか?〉の質問では、「とくにいない」を除いて、1位は「全くの他人」。2位「顔見知り」、3位「義父」、4位「友達の母親」と続いた。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150503-00000018-pseven-soci

食は細い方だ。昼食は日によっては食べなくてもそれほど問題ないし、少食である。
便通を良くするために食べているときもある。

僕は、素人の手作りの食べ物は家族以外まず食べる機会がないので、
友達や知人など他人が作ったものを食べる機会というのは非常に楽しみにしている。
数少ない経験から言えば、やはり作る人によって微妙に味や感じ方が違うのだ。
コンビニのおにぎりは確かに美味しい。でも当たり前だけど、そこに愛はない。

昔、好きな女性がふるまってくれた、たけのこご飯のおにぎりがあった。
あれは異常に美味しかった。
もともとたけのこが好きというのもあるが、こんなに美味しいものがあるのかと思ったほどだった。
それはたぶん、実際の味はもとより気持ち的なもののパーセンテージがずいぶん入っていたのだろう。

身体障害者という都合上、多くの人に体を触られる。
大体は仕事として技術でやってもらっているのだが、
不思議なもので、まれに愛を感じるとき、手が優しいと感じるときもある。ちなみに、性別は問わない。

どんな人もというわけにはいかないが、(1ミリたりとも触れてほしくない人というのもいるかもしれない)
もっと人肌みたいなものを信頼してもいいんじゃないかというのは思っている。

子どもの頃、いろんなところが「痛い」ということがすごくあった。
その度に、母親や祖母にさすってもらっていた。(さするって標準語?)

幼い僕は口癖のように、「さすって、さすって」といつも言っていた。
人が触れることによっての癒しの効果は少なからずあるのかもしれない。

以前、友人女性とお茶していたときにその女性の足が僕の足に触れていたことがあった。
そうなっていたら普通、性的な何かだったり恋愛感情みたいなものを感じるはずだが、
全く感じなかった。
ただただ温かくて、家に帰ってもその温かさがしばらく消えなかった。
本人に聞いたら、足が触れていることにさえ気づかなかったとのことだったが、
とても不思議な体験だった。