春田康吏のLogbook

当てのない航海日誌のようなもの。

昔からある死への恐怖


人生を大いに謳歌するためには、「もうおなかいっぱいおいしいものをいただいたので大満足です」とレストランを出るときのように、人生から立ち去るべきではないか。どうして死を悲劇的なものとしてしか見られないのだろう。
http://keijiueshima.net/archive/magazine/2483/



昔からある死への恐怖に対して、満足いかないレストランもあるが、この本はある種の参考や救いにはなった。
何度か死にかけたことはあるが、実際「恐怖」というものは意識が鮮明なときに感じるものだなと思う。
死にかけたときに感じるのは、「苦しみ」 その次にくるのは、「無」
「楽」とも言えるのか?
よく三途の川や幽体離脱の話を聞くが、僕は体験したことはない。ということは、死にかけていないのか?とも思うが、数値的にはやばかった。

そういう体験をしていると、もう実は死んでいて(お前はもう死んでいる)
これは死後の世界なんじゃないかと思うことも昔からよくある。

普通20代、30代と言ったら、「生」や「生きる喜び」みたいなものを感じる年代のはずなのに、
枯れてるなと思う。
家族が減っていったり、衰えが出てくることが多くなり、どんどんいろんなものから程遠くなっていく。
子どもとまではいかないのかもしれないが、2人の穏やかな時間みたいなものも人生で1度くらいはあってもいいんじゃないかとも思う。