春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

海辺の交流会vol.1を開きました



ぼんやりと、世代とか立場とか障害の有無とか関係ないところで何となく知り合えたらいいねみたいな、ゆるい交流会のようなものを前から思っていた。

家庭、仕事場、友人、インターネット……人はそれぞれいろんなコミュニティに属しているけど、
別々のコミュニティを多く持っておいた方が何かあったときに救いになるんじゃないかと思っている。
コミュニティのリスク分散みたいな。

属しているコミュニティが少ないと、一つが崩壊してしまうとすぐに孤立につながってしまう。

人付き合いが苦手という人もいるし、僕も人とのコミュニケーションが好きかっていうと実は微妙だったりする。
でも僕がいろんな人の助けを必要としている障害者だからなのか、多くの人と何となくでも関係を持っておいた方がいいというのは思っていた。

それで思いつきで始まった。

・準備や企画段階において、誰の負担も(企画者の僕でも)極力、大きくならないようにした。

・負担を減らすということと、参加者の属性の幅を広くするということで、集まってみんなで何かやろうみたいなことは無しにした。

目的がある企画が悪いとは言ってない。
これは、目的があった方がいいんじゃないかという意見もあって、一番悩んだ。
でも、僕のここ数年のいろんな場所での密かな観察の結果、
目的がない方が逆にいいんじゃないかと思った。
その方が、参加者の幅が広がると思ったから。
あったとしてもせいぜい、何かを飲食するくらい。
でもこれは、悩んだ。

ただ、場所については考えた。
無機質な白い壁とパイプ椅子だけの会議室のようなところは、そぐわないと思った。

そこで、初回ということで、海に近い愛知県美浜町の「とよいち」にした。

気持ちを解放できる場所。
場所としては、申し分ない。

いつ来ても、いつ帰ってもいいとしたのは良かったのかどうか分からない。
結果として、会わなかった人たちもいるからだ。

結果的には予想以上に、うまくいったと思う。
学校の休み時間みたいなひと時が流れていた。
適当に居合わせた人たちが適当に交流をする。
そこから何か生まれるかもしれないし、何も生まれないかもしれない。別にそんなことはどっちでもいい。

僕が企画しなかったら、一生会うことは無かっただろうなっていう人たちが会話している。
不思議な気持ちになった。

個人的に最近は、外出はほとんど名古屋ばかりだったので、
自然が豊かな場所でだいぶん心が洗われたようにも思う。
パワーをもらえた。

参加者からは、
「休みの日は家で寝てることが多いので、たまにはこういうのも良かった」
「子どもの頃の学校の休み時間を思い出した」
などコメントを頂きました。

で、vol.1ということは、vol.2とかあるの?ですが、
またそのうち、「ゆるい交流会」できたらいいなとは思っています。
場所もどこになるか分からないけど。

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とよいち日記 : 8月最後の日曜日