春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

最近の家電量販店に思うこと

僕は、子どもの頃から家電量販店に行くのが好きだ。
昔は、電気屋と言っていた。
電気屋には夢が詰まっている。見ているだけでワクワクする。
買うとなったら、もっとワクワクする。

昔の電気屋の方が活気があったような気がする。
ハッピを着た兄ちゃんたちがたくさんいた。ハッピもどうかと思うが、
家電を買うときというのは、一種のハレの日、お祭りだからなのかもしれない。
確か昔は、紅白の垂れ幕がかかっている店もあった。

今はどうだろう。照明は明るい。
だけれど、活気はない。日曜祝日でも似たようなものだ。
唯一、活気がありそうなところと言えばインターネットの契約カウンターくらいだ。

店員さんもそういうふうに教育されているのかもしれないけど、
大体の人は覇気がない。目は死んではいないが。
僕は、古くさい考え方かもしれないけど、電気屋は体育会系のノリくらいで明るく接客してほしい。

どこの系列の電気屋も似たようなものだ。
これが一番売れる陳列方法と思っているのか、どこも基本的に同じ。
多少、製品ラインナップの違いを感じたりもするが、もう少し独自性を出してもいいのではないかと思ったりもする。
もう少し落ち着いた陳列だったり。

今年に入ってから、炊飯器とブルーレイディスクレコーダーとデジタルカメラを購入した。
壊れたり、必要だったりのものだった。家電というのは、同時期にまとめ買いすると、
どうしても買い替え周期が同じになってしまうような気がする。

ところで最近の家電量販店について思うことがある。
「値切るかどうか、値切るにしてもどのくらいか」といったことである。
最近、気づいたのだが、値札から値引いてもいいようにできていることである。
「もう値引けないの?」と聞かないと値引いてくれない。
なぜこういうことを思うかと言うと、もう値引けないの?と聞いたときに渋る顔をせずに、
バーコードリーダーのようなもので読み込んで、どのくらい値引けるかを真顔で教えてくれるのだ。

つまりコミュニケーション弱者や情報弱者は値札の値段のまま買うので、
搾取されるのではないだろうか。

それにしても、まだ僕は電気屋が好きだ。