春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

図書館のガム

小学5年の1年間、密に仲良くしていた同級生の友人がいた。
仮に、M君とでもしておこう。
M君とは保育園のときから一緒だったが、それまで特に一緒に遊ぶような間柄ではなかった。
小学校入学してからもクラスが違うことが多く、ほとんど接点はなかった。
こう言ってはなんだがM君については、目立つような話や噂も聞いたことがなかったので気にもしていなかった。
それが小学5年生に上がったときの最初に、席が隣同士になったのである。
僕は、昔から知っている人ではあるけれども実際どうなのかなという思いがあったが、それは杞憂だった。
何がきっかけで仲良くなったのかは忘れたが、気がついたら仲良くなっていた。
M君は将棋が僕より強かった。
僕の小学生の頃は、一部の男子は将棋をやっていた。
そして、学校外でも頻繁に遊ぶようになっていた。
M君の家に行き、(母親に車で送り迎えをしてもらう)テレビゲームのボンバーマンをよくやっていた。
M君は、ゲームも自分より上手かった。
将棋もゲームも強いM君に、僕は少しの憧れを抱いていたのかもしれない。
また、M君も僕の家によく遊びに来ていた。
日曜日になると、M君が家にやってきて僕の父親が車で市の中央図書館に連れて行くということを何回もした。
僕は子どものころから読書が好きな方だったが、M君はどうだったのか定かではない。
僕の弟も同乗して一緒に行くこともあった。

そんな日曜日、いつもと同じようにM君は僕の家に自転車で来ると、
僕は助手席に、M君は後部座席に乗って図書館に向かった。
図書館は、車で15分ほどの市内の真ん中に位置する場所だった。
一角に歴史民俗資料館も入っているが、建物自体は古かった。
図書館に入って、借りていた本を返却すると僕らは次に借りる本を物色し始めた。
本棚の前でいろいろ見ていたとき、僕はあることに気がついた。
M君が、ガムを噛んでいたのだ。
「図書館内では飲食をしてはいけない」というルールが刻み込まれていた小学生の僕は、
「M君、それガム?」と聞いた。
そうするとM君はニヤッと笑って、歯のすき間からガムを見せた。
僕は内心、大人にバレないかヒヤヒヤしつつ、(今、思えば大人の顔色をうかがうような子どもだったのかもしれない)
「駄目だよ」と軽く言った。

そうするとM君は、口からガムを取り出すと、指でガムを摘んだまま、
本棚の下の段の天井の奥に貼り付けたのだ。
予想外な展開に僕はとても驚いた。
M君は、さっきよりニヤニヤ笑っていた。僕も注意するどころか、
「え?ちゃんとくっついた?」と確認したりした。
M君は、しゃがみこんで上を覗き込むようにすると、「うん。くっついてる」と言った。

そのときから僕とM君の間に「秘密」ができた。

図書館に行くたびに、ガムがまだくっついているか確認した。
たとえその棚の本を出し入れしていても気づかないだろう。
そのガムは、僕とM君の友情の印のように毎回きちんと貼り付いていた。
小学5年が終わって、小学生最後の1年になった。

小学6年になると、僕は不思議とM君と親密に遊ぶことは減っていった。
特に何かきっかけがあったわけではなく、自然な流れだったように思う。
僕は弟と2人で図書館に行ったときも、弟にそこにガムがあるか確認させた。
自分では低すぎて確認できないのだ。
その確認が、図書館に行く一つの楽しみにもなっていた。
時は経ち、図書館に行くこともなくなり、その図書館は今はもうない。

もし今でもあったら、ヘルパーさんに確認させていたかもしれない。
いつまでそのガムが本棚の片隅に貼り付いていたのか分からないし、
もう知る由もない。