春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

2016年の終わりに

時間はみな平等じゃなかった?
30歳を過ぎてから、1年があっという間に過ぎていく感覚を覚えます。
ずるずると何かを見過ごしているような、
大事なことをやり忘れているような気にさえなります。
そんなことを話していたら、
40を過ぎたら、もっと早いよと言われました。
どうなっているのでしょう。
時間はみな平等ではなかったのでしょうか。

人間関係で落ち着き、驚いたこと
2016年を振り返ってみるまで気がつかなかったのですが、
今年は、あらゆる人間関係が落ち着いた年のように思えます。
2015年は、どこか自分と合わない感覚、
しっくりこない感覚をいろんなところでよく感じていたのですが、
合わなかったエピソードがほとんど思い出されません。

もちろん去る人もいましたが、来る人というのはそんなにいなくて、
今まで全く期待していなくて、付かず離れずだったような人、
例えるなら補欠からスタメンに入ったような人が、
いい活躍をしてくれたこともありました。

時期がくれば、そういうこともあるようです。
これには驚きました。

友人関係
30歳を過ぎてから、
友人関係でどこかこれでいいのだろうかという思いを持ち始め、
ちょっと付き合いをあえて離してみたところ、逆に関係性が悪くなったことがありました。
相手がどのように感じているかは分かりませんが、
それが修復、おさまるところにおさまった感があります。
いろいろ迷惑をかけておいて言うのもなんですが、縁というのは
勝手に落ち着くところに落ち着くのかもしれません。

今年最終週の29日に身体障害の友人数名と会食をしました。
最近は関係する人の急死が多く、やはり普通の人とは違うから甘くみてはいけないとか、
安否確認の意味も兼ねて会えるときは会おうと話していました。
どこか高齢者の会話みたいですが、他にもくだらない話もできました。
こういうのもいいものだと思いました。

30日には、数年前からの友人に用事で会うことがあって、
今は成長して吸引できる資格があるのですが、
ちょっとやってみる?と聞いたら、自分のやり方を教えつつ、
普通にやってもらえました。
数年前はそんなことはできなくて、本人も無理無理といった感じだったので、
とても感慨深い気持ちになりました。

自分に障害があると周りに支えられているのを強く感じます。
それは表裏一体。
温かくもあり、怖いことでもあるのかもしれません。

障害者差別解消法が施行された年に、相模原障害者施設殺傷事件は起こった
世の中に目を向けるとこんなことがありました。
ほとんどの人が語りたくないでしょう。
特に障害当事者はこのことについて
言うのを避けている傾向にあると思っています。
僕も重過ぎてあんまり言いたくありません。

「明日は我が身」そんな言葉さえ思い浮かびます。

僕は、複合的な要因があると思っています。
大手メディアで報じられていない、
社会や施設での暮らし方にまで、ざわっとしたものを
事件が起きた当初から感じていました。

個人的には、もう一度、
支えの信条を読みたいし読んでほしいと思っています。