春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

正月という非日常は、いらない。

正月が終わった。
正直、正月なんて無くていいのにと思っている。
生活に非日常というのは、ときどき必要だと思うけれど、
正月という非日常は、いらない。

子どもがいるのなら、きちんと正月らしいことをしなくてはと思うのだけれど、
あいにく結婚適齢期にしてそこら辺の変化が恐ろしくないので、
新年になると、ただいつもの日常の曜日が過ぎていけばいいのにと
ここ毎年思う。
連休なんかもそうだけれど、
医療・福祉サービスが手薄になるので、
不安に思うこともある。

子どもの頃は決まって、元日の朝の食事を終えると、
母方の祖父母の家に行っていた。
家から車で1時間くらいのところにあって、
親戚がすごく大勢集まっていた。
今でもそういう光景は全国いたるところにあるのだろう。

不思議と子どもはほとんどいなくて、
大人がたくさんいるという思い出しかない。
いつものおじいちゃんも奥の方に座っていて、
大人たちと酒を酌み交わしている。
その光景が脳裏に焼き付いている。
おじいさんはいつも上座に座っていたなと。

誰が誰だか分からなくて、子どもながらに
つまらなかった。
お母さんやおばあちゃんはせわしなく動いているし。

でも、お年玉はいろんな人からもらっていて、
いつも総額2万円以上はもらっていた。

その家も今はもう宴会は開かれていない。
非日常が時が過ぎるにつれ、日常になっていく。

僕は、それでいい。
おせちも餅も飽きた。