春田康吏のLogbook

ある重度身体障害者の人生航海日誌。

本を読む人

読書は、呼吸するのと同じようにしている。


それは、小学生の頃からずっとしてきた。


休み時間に教室で本を読んでいるとき、初恋の女の子から「わたし、本ってだーいきらい」と笑顔で言われても、ぼくは本を読み続けてきた。


おそらく、日本人が読んでいる平均冊数より多いだろう。


本は読まなくてもいいような気もするが、読んでいる。


マンガも読むし、気の向くままに読んでいる。


最近は、ただの暇つぶしのような気もする。


これから読みたい本のリストがあって、


・愛知県図書館か大府市図書館に宅配貸し出しの依頼をメールする。


Amazonなどネット書店で買う


電子書籍購入で、Kindleで読む


・リアルの書店で買う


・人に借りる


以上のうちのどれかで読んでいる。


 


読みたい本のリストが枯渇することはないから、一生何を読もうか困ることはない。


むしろ、よほどのことがない限り、リストを完全消費できないまま死んでいくと思われる。


リストの更新は、新聞の書評欄やTwitter、人の発信から行われる。


 


でも読書って、暇人で非モテがすることではないかなと最近思うのだ。


現実逃避とも取れる。


リア充は、きっと本を読まない。


実用書は読むかもしれないけど、小説なんてきっと読まない。


 


だから、リア充の人が気まぐれで本を読んだとき、大体ぼくはその本を読んだことがある。


あー、あれかといった感じだ。


 


しかしぼくは、読んだあとの本についてはよほど好印象じゃない限り忘れてしまう。


だから、不意打ちでオススメを聞かれてもパッと出てこない。


リア充の人なら年に数冊読むか読まないか程度でも、ごきげんにオススメを話すことができるのだろう。


 


とにもかくにも人は、暇人で非モテである限り、本を読み続けるだろう。